昨日ニコニコ動画に作った曲を投稿したのですが、YouTubeよりボーカロイド文化があるので視聴してもらえますね。ただ2日目になったら再生数は止まりましたので1日目だけですけども。
目次
ニコニコ動画に投稿したら「くそじゃんw」って言われた
批判は軽く流せるようになろう
「がんば」って温かいコメントもありますが、早速「くそじゃんw」ってコメントされてしまいました。これもニコニコ動画の文化ですものね、軽く流せるようにならなきゃいけません。
まぁ、神曲と言われる作品や才能がある人の作品と比べると比較にならないほどクオリティが低いのは自分でも分かっていますし、その人の中では正直な感想でしょうね。でもとりあえず気分は良くないので「くそ」はNGワードに入れました。
批判はやってしまいがちだけどほどほどに
自分も悪いクセで常々注意しようと思っておりますが、誰かが作った物や企画などを批判するのは簡単でやってしまいがちです。簡単に批判してしまうのは対象の物を自分で作ったことがない人が多いような気がします。
前にも書きましたが批判を見過ぎないようにしつつ、私も強くならないといけません。以前、旅猿について少し残念な点も書きましたが、それと同じことで制作側はがんばって作って形にしているのですものね。私は旅番組作ったことがなく苦労を知らないので批判しやすいのです。
見ることはないと思いますが制作者が批判などの意見を聞くとやっぱり良い気分ではないと思います。「内情を知らないくせに言いたい事言って」と思われるかもしれません。誰しもその時点での全力の作品を作っている人が多いですから。
https://kenjialive.com/entry/2019/01/06/134536
ブログでも創作物でも、批判を恐れずに世の中に出している人たちがいて、そういう人たちが文化を作ってきました。
私も作曲のセンスは少しはあるとは思っていますが、職業にして食っていける才能はなかったことは自覚しています。
批判されても、評価されなくても夢中になれる事があった方が生きやすい
でも、人生は仕事に出来なくても、食っていけないとしても何かに夢中でないと無気力になってしまいます。私も「自分は一体今何をしているんだろう?」って冷静になってしまう時があります。そういう思考になってしまうと、
「全てにやる気がなくなる」→「見える景色が色を失う」→「どうでもよくなり死んでもいいかなって思ってしまう」、という負の思考へ進んでしまいます。他人が客観的に見れば人生終わっています。私のスペックは、
- 40歳独身
- 結婚できなかった
- 当然子供もいないため子孫繁栄(子育て)という生(本能)の目的がない
- HSPでコミュ障で孤独に生きるしかない
- 今は孤独だけどいずれ両親もいなくなり孤立する現実
- お金もないので孤独死確定
- 会社で居場所はなく定年までサラリーマンするのは不可能、もってあと数年
※上記の現実が悪いというわけではありません。価値観は人それぞれですし今の現実は自分が選んだ道です。ただ一般的には見下されやすい現実だと思っただけです。
しかも、ちょっと動画で批判コメントがあっただけでブログにこんな記事を作ってしまうくらい精神的にやっかない人なんです。とは言え、与えられた命です。どういう人生になろうが、どういう結果になろうが、精一杯人生を生きて終わらせなければなりません。
こういう思考に陥った時に思い出すのが、season3第5話『再開』の時に古畑任三郎が言っていましたがセリフです。
人生は好きな事を見つけて夢中になっていた方が、時間も「あっ」という間に過ぎて楽に生きれるんじゃないかな、と思ったり思わなかったりしています。
要は万人が満足する物を創るのは難しいし、個人の感覚も違うんだからいちいちコメントに反応せず自分が出来ることを頑張れ自分!他人に何を言われようが好きでやっている事だよ。
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